関数による三次元Computer Graphicsでの原子・分子模型
Mar.1,1992
髙木 清
Ⅰ はじめに
1987年4月、桜吹雪の日本大学文理学部campusにて、前年秋、Nobel化学賞を受けられた福井謙一先生による日本化学会の受賞記念講演がなされました。ここで、先生は原子と分子の化学反応の過程をcomputer graphicsによるanimationとして、視覚的に示すことが一般的に可能になるという見通しを述べられました。以前にもありましたが、その後、幾多の化学会にてcomputerによる情報科学分野での、取り分け、personal computerによるgraphicsの発表が多くなされるようになりました。化学分野に関してのcomputerの利用は、たとえば、C.A.Coulson,F.R.SとA.Streitwieser Jr.によるDICTIONARY of π-ELECTRON
CALCULATIONSに見られるような科学技術計算として行われています。 国内でも、この分野での、多くの関連する研究がなされ、発表されています。
ここに記す原子に於ける核外電子の軌道は、よく知られているように、水素原子の基底状態と励起状態の電子の軌道から、推定されています。これらを基礎とした1Sから3Pまでの軌道と混成軌道との概形をもとにして原子と分子の模型のgraphicsを作成しました。ここでは、HITACHI B-16
personal computer に対応したGS-BASICを用いたcomputer
graphicsで原子と分子の近似的な軌道による模型を空間での原子の結合位置のみで、立体的にdisplayに表示しました。
Ⅱ 原子の軌道の簡単な数学的な基礎理論
(水素原子の電子の軌道に関する過去の文献のまとめ)
電子の定常なenergy状態と波動状態を厳密に決定するためには、波動方程式を立てなければならない。
ここで、 ψ:波動関数
λ:波長
ύ:振動数(νは波長として使用する)
A:最大振幅
t:時間
とおけば、波動がx軸に沿って進むとき、
ψ=Asin{2π(x/λ-ύt)} or ψ=Acos{2π(x/λ-ύt)} ・ ・ ・ (1)
波動が複素平面を進むとき、これを複素関数で表すと、
ψ=A[cos{2π(x/λ-ύt)} + isin{2π(x/λ-ύt)}] ・ ・ ・ (2)
または、cosz+isinz=eiz から
ψ=Ae2πi(x/λ-ύt) ・ ・ ・ (3)
(3)式について、ψをxで2回微分すると、
∂ψ/∂x=2πi/λ・Ae2πi(x/λ-ύt)
∂2ψ/∂x2=4π2/λ2・Ae2πi(x/λ-ύt) ・ ・ ・ (4)
(4)式は、(3)式より、
∂2ψ/∂x2=(-4π2/λ2)ψ
・ ・ ・ (5)
ここで、電子が原子核(陽子)の廻りを等速円運動しているとすれば、
E:電子の全エネルギー
m:電子の質量
υ :電子の速度
V:電子の位置エネルギー
とすると、
E=(1/2)mυ2+V
・ ・ ・ (6)
(6)式より、運動量は、
mυ={2m(E-V)}1/2 ・ ・ ・ (7)
de Broglieの電子の波長は、Plank定数をhとすると、
λ=h/mυ ・ ・ ・ (8)
(7)式を(8)式に代入すると、
λ=h/{2m(E-V)}1/2
両辺を2乗すると、
λ2=h2/2m(E-V) ・ ・ ・ (9)
(9)式を(5)式に代入すれば、次の式が得られる。
∂2ψ/∂x2+8π2m/h2・(E-V)ψ=0
・ ・ ・ (10)
これを3次元に拡張すると、次のSchrödinger方程式が得られる。
∂2ψ/∂x2+∂2/∂y2+∂2/∂z2+8π2m/h2・(E-V)ψ=0 ・ ・ ・ (11)
(11)式を解くとき、Eが決まればψが決まり、ψが決まればEが決まるから、
まず、位置energy Vを求めると、
e:陽子、電子の電荷
r:電子の等速円運動の半径
ε0:真空中の電気誘導容量
とすれば、水素原子核(陽子)と電子間のCoulomb力Fは次式で与えられ、
F=e2/(4πε0r2) ・ ・ ・ (12)
位置energyは、
V=-e2/(4πε0r) ・ ・ ・ (13)
である。
ここで、(11)式を解くために、(13)式を(11)に代入すれば、
∂2ψ/∂x2+∂2ψ/∂y2+∂2ψ/∂z2+8π2m/h2・{E+e2/(4πε0r)}ψ=0 ...(14)
である。
(14)式が、x、y、zの3次元であるから、
r=(x2+y2+z2)1/2
とおける。これをxで微分すると
ⅾr/ⅾx=(1/2)・2x(x2+y2+z2)1/2
よって
ⅾr/ⅾx=x/r ・ ・ ・ (15)
ここで、(14)式の
∂2ψ/∂x2+∂2ψ/∂y2+∂2ψ/∂z2=∇2ψ ・ ・ ・ (16)
を考える。
xについて、
極座標で表したとき、ψがrだけの関数であるとすれば、
∂ψ/∂x=∂ψ/∂r・∂r/∂x
・ ・ ・ (17)
(17)式に(15)式を代入し、
∂ψ/∂x=x/r・∂ψ/∂r
もう一度微分すると
∂2ψ/∂x2=1/r・∂ψ/∂r-x2/r3・∂ψ/∂r+x2/r2・∂2ψ/∂r2 ・・・ (18)
同様に、y、zについても
∂2ψ/∂y2=1/r・∂ψ/∂r-y2/r3・∂ψ/∂r+y2/r2・∂2ψ/∂r2 ・・・ (19)
∂2ψ/∂z2=1/r・∂ψ/∂r-z2/r3・∂ψ/∂r+z2/r2・∂2ψ/∂r2 ・・・ (20)
(16)式に(18)、(19)、(20)式を代入し、
x2+y2+z2=r2
を使って、
∇2ψ=3/r・∂ψ/∂r-1/r・∂ψ/∂r+∂2ψ/∂r2
すなわち、
∇2ψ=∂2ψ/∂r2+2/r・∂ψ/∂r ・ ・ ・ (21)
(21)式を(14)式に代入すると、
∂2ψ/∂r2+2/r・∂ψ/∂r+8π2m/h2・(E+e2/4πε0r)ψ=0 ・ ・ ・ (22)
(22)式のいちばん簡単な解は、aを定数にすると、特殊解を
ψ(r)=e-ra ・ ・ ・ (23)
とおき、Eを求める。
(23)式は
∂ψ/∂r=-ae-ra ・ ・ ・ (24)
∂2ψ/∂r2=a2e-ra ・ ・ ・ (25)
(24)、(25)式を(22)式に代入して、
a2e-ra+2/r・(-ae-ra)+8π2m/h2・(E+e2/4πε0r)e-ra=0
ここで、両辺をe-raで割れば
a2-2/r・a+8π2m/h2・(E+e2/4πε0r)=0
これを次式に変形する。
(a2+8π2m/h2・E)+(-2a+2πme2/ε0h2)・1/r=0 ・ ・ ・ (26)
(26)式はrのどのような値についても成り立つのであるから等式の条件より、
a2+8π2m/h2・E=0 ・ ・ ・ (27)
-2a+2πme2/ε0h2=0 ・ ・ ・ (28)
(28)式より
a=πme2/ε0h2 ・ ・ ・ (29)
(29)式を(27)式に代入し、
E=-me4/8ε02h2 ・ ・ ・ (30)
を得る。すなわち、
ψ(r)=e-raのとき E=-me4/8ε02h2
が得られるのである。ところで、半径rを決定するために、電子の等速円運動から、電子のもつ加速度
αは、
α=υ2/r
で表されるから、求心力fは、
f=m・υ2/r ・ ・ ・ (31)
(12)、(31)式から、
mυ2/r=e2/4πε0r2 ・ ・ ・ (32)
(32)式から半径rは、
r=e2/4πε0mυ2 ・ ・ ・ (33)
υを測定するのは困難であるから、υを消去するために、N.Bohrの量子論から電子の軌道角運動量は定常波の考えで、
2πr=nλ ( n=1,2,3,・ ・ ・ )
これは、(8)式から、
2πr=n・h/mυ
とおけ、角運動量は、
mυr=n・h/2π ・ ・ ・ (34)
(34)式から、
υ=nh/2πmr ・ ・ ・ (35)
(35)式を(32)式に代入して、半径rについて解くと、
r=ε0n2h2/πme2 ・ ・ ・ (36)
ここで、(29)式と(36)式から
r=n2・1/a ・ ・ ・ (37)
(37)式から、1/aは主量子数n=1のときの半径に等しいことになる。すなわち、水素原子の電子軌道1sの波動関数は、
ψ=e-r/K ただし、K=ε0h2/πme2 ・ ・ ・ (38)
となる。
水素原子の基底状態、ならびに、励起状態の軌道から近似的に決定した、Linus PaulingとE.Bright
Wilson.Jrによる原子の電子軌道の波動関数は、原子核の電荷数をZとすると、1sから3pの軌道は、
ψ1S=1/π1/2・(R/r)3/2e-R
ψ2S=1/4(2π)1/2・(R/r)3/2(2-R)e-R/2
ψ2Px=1/4(2π)1/2・(R/r)3/2Re-R/2・sinθ・cosφ
ψ2Py=1/4(2π)1/2・(R/r)3/2Re-R/2・sinθ・sinφ
ψ2Pz=1/4(2π)1/2・(R/r)3/2Re-R/2・cosθ
ψ3S=1/81(3π)1/2・(R/r)3/2(27-18R+2R2)e-R/3
ψ3Px=21/2/81(3π)1/2・(R/r)3/2(6-R)Re-R/3sinθ・cosφ
ψ3Py=21/2/81(3π)1/2・(R/r)3/2(6-R)Re-R/3sinθ・sinφ
ψ3Pz=21/2/81(3π)1/2・(R/r)3/2(6-R)Re-R/3cosθ
・
・
・
となっている。ただし、
R=Zr/(ε0h2/πme2)
とする。
Ⅲ 軌道の形とPROGRAM
ここでは、1Sから3Pまでの軌道と混成軌道を示し、最外殻の電子がそれぞれの軌道を占める原子とその元素記号を記します。さらに、数個の分子模型も作成しました。尚、それらのgraphicsとprogramは別記(*)してあります。
* 栃木県立今市高等学校 職員研究誌「模索」No.33(Mar.1,1992)p.19以降
Ⅴ おわりに
display上に軌道が描かれる様は、あたかも、原子の世界の電子が実際の軌道を運動しているかのような映像です。さらに、いろいろな分子模型のgraphicsを見ていると、空間的な安定を常に保持しようとして、その形成がなされていることが認識できます。
このことは、物質存在の基本的原理に基づくものなのです。
これらのgraphicsが自然を認識するための参考になれば幸いです。尚、programの解説は省略させていただきます。最後に、この原稿を読んで下さった栃木髙等学校数学科の石塚政洋先生に感謝いたします。
<参考文献>
1.GERHARD HERZBERG, Atomic Spectra and Atomic Structure(Dover, 2nd Ed.
1944)の日本語訳版
2.W.HEITLER, Elementary Wave Mechanics(Oxford,1956)の日本語訳版
3.JOHN C.SLATER, Quantum Theory of Matter(McGraw-Hill,1951)の日本語訳版
4.LINUS PAULING and E.BRIGHT WILSON. Jr, Introduction to Quantum Mechanics with
Applications to Chemistry(McGraw-Hill,1935)の日本語訳版
5.LINUS PAULING, The Nature of the Chemical Bond(Cornel Univ. Press,1960)の日本語版
6.C.A.COULSON,F.R.S and A.STREITWIESER Jr, Dictionary of π- electron Calculations(Pergamon Press,1st Ed,1965)
7.N.V.RIGGS, Quantum Chemistry(The Macmillan Co.London,1969)
8.福井謙一、化学反応と電子の軌道(丸善、1976)
9.野崎昭弘編、生き生きパソコン(三省堂、1990)